学校と授業はどこへ行くのか、あるいは教員と生徒が共に伸び合う授業研究の未来像
教育系雑誌『授業づくりネットワーク』の最新・34号に僕の書いた記事が掲載された。
記事のタイトルは「隠岐島前高校はどこへ行くのか:対話から始まる“授業づくり”と“学校づくり”」。
この雑誌には前々から寄稿をしたり書評を書いたりして参加していたのだけど、今回は久しぶりに長いページをいただいて、特集に絡んだ記事を執筆させてもらった。
編集部から「授業づくりから始まる学校づくり」がテーマの特集への執筆を依頼されたときから、『生徒を交えた対談をしよう』と心のなかで決めていた。
これは僕の中での、既存の「授業研究」だとか「○○教育を考える会」だとかへのアンチテーゼだ。
『授業のことを考えるなら、生徒と一緒に考えなければ意味がない』
僕は端的にそう思っている。
これは「迷ったら生徒に聞けばいいんだよ」と言ってくれた最初の勤務校の校長の存在も大きいし、実際に僕がそれを継続的に実践している中での学びの実感値からも来ている。
『代表なくして課税なし』が大事なのと同様に、
『生徒なくして授業改善なし』『生徒なくして学校改善なし』なんじゃないだろうか。
授業や学校の改善のためには、もちろん責任者として教員が研鑽を積むことも大事なのだけど、生徒の声を聞き生徒と一緒に考えることで方向性もスピードも向上していくんじゃないか。
全国の小・中・高校の「研究主任」の先生に聞きたい。
「その研究に児童・生徒は参加してますか?」
「なぜ参加してもらわないんですか?」
と。
大人たちの研究の都合で児童・生徒に迷惑をかけるのは良くない、という意見もありそうだけれど、この雑誌の記事でも言及されたように、そもそも多くの学校で行われてる「研究授業」自体が「教員たちの研究のために授業の場を使う」営みなので、それならいっそ研究協議や研修にも児童・生徒を参加してもらっても良いと思っている。
今回の記事には、そんな想いを込めた。
だけど実は、記事を書いたことによる予想外の効果もあった。
それは「教員との対話による生徒の成長」を目の当たりにできたこと。
記事を読むと分かるのだけど、この対談中、ある生徒がとても大きく成長する。
最初は言えなかった自分の本音を教員にぶつけるようになり、教員側から見た授業の話を聞いて自分の考えを練り直していき、最後には生き生きと自分の理想を語り出した。
1時間弱の対話の中で起こった生徒の変化を間近に見て、
「授業研究への参加を通して児童・生徒の成長を促す」
というアプローチを僕自身もっと探っていきたいし、その効果を全国の先生方に伝えていきたいと思った。
ページ数にしてたった6ページ、だけど僕の1つの転機になるかもしれない、そんな学びを得た執筆だった。
興味のある方(特に教員の皆さま)はぜひご購入を!笑
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せっかくなのでここからは執筆記事の紹介半分、思い出半分。
この雑誌に、以前寄稿した記事はこちらの号。 このときは勤務校で行われている“越境”的な教育活動と、僕の教員としてのライフヒストリ―を織り交ぜて紹介した。
授業づくりネットワークNo.27―越境する授業 オルタナティブ教育に学ぶ (授業づくりネットワーク No. 27)
- 作者:藤川 大祐
- 出版社/メーカー: 学事出版
- 発売日: 2017/10/02
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
この号はこのブログでも書評を書いたのだけど、ここ最近の号ではいちばん売れたとのこと。
書評はこちら↓