【旅】'19夏 ギリシア・アテネからのセルビアとバルカン半島周遊 〜本編
ギリシア(8月4日〜6日:2泊3日)
【1日目】
- ギリシアはEU。だからユーロを使う(実は初めて)。入国審査も「EU」と「EU以外」の区別。
- 地中海性気候の日差しの強さはガチ。アテネは福島とほぼ同じ緯度なのに、福島よりずっと日差しが強い。不思議。
- ギリシアの食事は結構なんでもおいしい。ピザとかサンドイッチとかムサカとか。ただし似た味が多いので注意。
- 衛兵の交代式はヨーロッパ人好みなのか、なぜか人だかり。何が面白いのかさっぱり分からなかった。
- ギリシア人の人柄はタクシーの感じといい、市場の感じといい、東南アジアの人たちに似てる。
- ギリシアでパーの手を相手に向けるのは侮辱のサインなので、タクシーを止めるときは人さし指を上げて合図する。最初は難しかったけれど慣れてくると「この指とまれ」みたいでうきうきする。
- アテネの古代遺跡は京都の神社仏閣巡りに似ている。3つめくらいから全部同じに見える。
- 暑いので帽子を買う。濡れタオルを頭に巻くスタイルは日差しに弱い。
【2日目】
- アテネの夏はサマータイムで時計が1時間早まるけど、ガイドブックでの記載時間はそれが計算に入っていなかったりで結構混乱する。
- 楽しみにしていた世界遺産メテオラ行きの電車に僕が乗れなかったのもたぶんそのせい。
- メテオラの代わりに行ったデルフィ(デルポイ)はステキな街。遺跡も神々しい。そしてここも世界遺産。
- 古代ギリシア文化随一の大神殿も2500年間で廃墟になる。日本の京都が1200年間も都を維持しているのって実はとてもすごいこと。
- 古代ギリシア数学のすごさは現代ギリシア人にはあまり伝わっていない様子。唯一Tシャツ屋のおねえさんだけが「これ、トレミーの定理なのよ!」と嬉しそうに話しかけてくれた。
【3日目】
- ヨーロッパの航空会社はアジアの航空会社と違い、預入荷物の個数に厳格。アジアなら「計20kgまで何個でもOK」なのに「20kg以内の荷物1つ」。
- アジア基準で荷造りをしていたので荷物を移し替えるも、痛恨のミス。日本から持って行ったポン酢とごまダレを没収される(「ごまダレは液体ではない!」と主張するも聞き入れられず)。
マケドニア(8月6日〜8日:2泊3日)
【1日目】
- マケドニアの正式名称は「北マケドニア共和国」で、首都は「スコピエ」。またひとつ賢くなった。
- マケドニアは土地の名前で、古代のマケドニア帝国と今のマケドニアは民族などが違うらしい。
- マケドニアはセルビア語が何事もなく通じる。旧ユーゴスラビア内でも上下関係みたいなのがあるらしい。大阪弁は福井でも普通に通じるけど逆は難しい、みたいな。
- マケドニアのタクシーは駅やバスターミナルで待っているタクシーほど危険。そこは東南アジアと逆。
- タクシーの運転手と料金交渉をすると値段は下がるけれど、日本円で100円〜200円くらいだったりするので段々面倒になってくる。
- 城塞はヨーロッパの古い街なら結構どこにでもある。日本で言うお城とかお堀の跡。
【2日目】
- スコピエ→オフリドのバスはすぐ満席になる。しかし予約というシステムは存在しない。油断大敵。
- オフリドは世界複合遺産の街。自然遺産の湖と文化遺産の街並み・教会群が同時に楽しめる。
- 世界的な観光地なのに食事も安くておいしかった。なんだ最高か。
- ボートクルーズも安くて楽しい。オフリドすごい。
- ヨーロッパ人はそんなオフリドでもビーチで身体を焼きながらポテチを食べつつ本を読んでいる。贅沢なんだが何なんだか。
- オフリドの教会巡りは京都の神社仏閣巡りに似ている。(略)
【3日目】
- スコピエはオールドマーケットがとてもすてき。雰囲気を味わうだけでも満足できる。
- そのテンションが国立博物館でガタガタと崩れる。廃墟まっしぐら。展示品はすごい。
- でもその近くのリゾートホテル内レストランはまたハイレベル。マケドニアの食事は本当にハズレがなかった。
セルビア(8月8日〜11日:3泊4日)
【1日目】
- スコピエ→ベオグラードはバスで7時間半。
- …のはずが途中でバスがエンストして9時間半。旅行中だとレアなイベントとして許せてしまう不思議。
- ベオグラードの大学生のパーティーへ。持参した浴衣と日本酒が役に立つ。
- ベオグラードの大学生にも日本のアニメやドラマは人気。問題は僕がそのアニメやドラマを知らないこと。
- 気の良い大学生たちがたくさん集まって、ゆるーく長ーくパーティーを楽しんでいる。お酒はあまりたくさん飲まない。日本の大学生の飲み会ともろもろ違う。
- セルビアではアルバイトの時給が日本円で100円、1カ月の給料が3万円くらい。だから留学生と地元学生の生活レベルが全然違うらしい。
- 彼らは大人になって就職しても、僕らのように気軽に海外旅行などはたぶん行けない。普段ならあまり意識はしないのだけど、この旅ではそんな哀しい事実が頭をよぎっていた。
【2日目】
- ベオグラード散策。僕はおみやげ欲が強いらしい。
- おみやげは「要るか要らないか」ではなく「欲しいか欲しくないか」である。
- 日本人のサッカー選手がセルビアのチームで活躍してくれたおかげで値切れた。値切ってくれたおじいさんも幸せそうだった。
- 城塞は本当にどこにでもある。
- 日本のお城の洗練された石垣を見慣れていると、ガタガタの石組みがとても違和感。応急処置を繰り返した結果か。
- セルビア正教会の総本山と最大の教会を見学。教会では、入口にある聖人の肖像にみんなキスをする。この旅でいちばんのカルチャーショック。
- セルビアはビザンツ帝国とハプスブルク家とオスマン・トルコのそれぞれに影響を受けているが、なんだかんだで西ヨーロッパにコンプレックスを抱いているように見えた。
- Google翻訳のカメラ入力は海外博物館巡りの強すぎる味方。写真を撮ってファイルを読み込むとほぼ完全な翻訳が返ってくる。そういえばなんでギリシャで使わなかったんだろう。悔やむ。
- チトーのお墓と博物館。チトーって偉大な政治家でとても人望のあった方だったことは間違いないと思うのだけど、今から見ると良くも悪くも「共産主義国家の指導者」としての行動を結構していたのね。
- 旧ユーゴスラビア圏内の国は今でもGDPの合計がユーゴスラビア時代に達していないらしい。年配の方々は「ユーゴスラビア時代の方が良かった」と今でも言うとか。
- レストランの生演奏とてもすてき。金曜日限定らしい。
【3日目】
- ドナウ川ツアーへ。同行はシリア人家族。
- ドナウ川は一見すると湖。全然流れてないし向こう岸が遠い。そして向こう岸はルーマニア。
- 逆にヨーロッパ人が瀬戸内海を見たらちょっと大きめの川だと思うんじゃないか。
- 僕が団体ツアーに向いていないことを改めて認識。ガイドさんに着いていくことすらままならない。
- とてもきれいな城塞の見学とボートクルーズ。オフリドと似たようなことをしたけどオフリドとはいろいろ違った。
- 城塞は上にも登りたかったけれど、ハイキングかロッククライミングみたいなコースらしい。それは嫌だ。
- ボートクルーズで向こう岸のルーマニアに近づく。見えてはいるが上陸できない。国境ってこういうことか。
- ドナウ川の幅がいちばん狭くなっているところは120m。そこはさすがに急流だった。底も深いらしい。おぼれそう。怖い。
- ボートのドライバーさんはとても上手。転覆しそうな波を巧みにかわす。
- ドナウ川沿いの地層、特に褶曲構造がすてき。地学はやっぱり興奮する。
- セルビアの人は食事の時間が遅い。朝食は11時、昼食は15時、夕食は21時くらい。
- こちらの食事は全体的に多めの量をゆっくりと食べるスタイル。レストランで2時間くらいはずっと食事している。気楽。
- 先史時代の遺跡も巡る。地底の森ミュージアムのドナウ川バージョン。
- 先史時代の遺跡からの出土品は世界各地で似たようなものが多いけれど、その中で日本の縄文時代の出土品は異質。火焔土器とか土偶とかやばい。
- ツアー後はセルビア語通訳(など)をしている日本人の方のお宅へ。
- セルビア語の数学教科書アツい。中3の最初に論理式から叩き込むガチなスタイル。三角比の公式も S=abc/4R とか超アツい。
- 「セルビア人は一生のうち1回は戦争を経験する」と。戦争がすぐ近くにある国。
- 通訳の方は30年前に言葉も何も分からない状態でユーゴスラビアに来て、戦争と国の移り変わりを生で体験しつつ、今や「日本とセルビアの架け橋」を体現している方。ずっと続けることのカッコよさというのを僕は初めて目のあたりにした気がする。
- 持参した日本酒を飲みきった。みんなして二日酔いになった。
【4日目】
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今は乗換えのアブダビに居ります。職場へのおみやげをそういえば買っていなかったことに気づいて慌てて買いました。
今回は「どこの時代のどこの国に生まれるか」ということのある種の残酷さを肌で感じる旅になった気がします。
旅での発見のまとめやら考察やら日本の教育現場への援用やらはまた今度。